2021年11月15日

産業技術総合研究所
PETボトルの常温原料化法開発

触媒利用化学リサイクル技術

産業技術総合研究所(石村和彦理事長、以下、産総研)触媒化学融合研究センターケイ素化学チームの田中真司主任研究員、中島裕美子研究チーム長はPETボトルなどに使用され、廃棄されたPET樹脂を、従来よりも大幅に低い温度で分解し、原料のテレフタル酸ジメチルを高収率で高純度に回収する触媒技術を開発した。

この技術は、炭酸ジメチルを使用した新しいアルカリ分解法によって、常温・短時間で効率良くポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂の分解が進行し、原料であるテレフタル酸ジメチルを90%以上の収率で得ることが可能。200度以上の高温処理が課題となる現行法から大幅に低温化できることから、PETボトルの〝ボトル・トゥ・ボトル〟リサイクルの低コスト化が期待される。この技術の詳細は、11月8日(グリニッジ標準時)に英国王立化学会が発行したグリーン・ケミストリー誌で発表された。

最近、プラスチックごみによる環境汚染問題が深刻化しており、社会で使用されるプラスチック製品の効率的なリサイクルに向けた基盤技術の開発へのニーズが拡大。PET樹脂は、食品用ボトルや繊維として現代社会で欠かすことのできないプラスチック材料の一つであり、回収されたPET樹脂のリサイクル法としては、マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルが知られている。マテリアルリサイクルは、使用済みPET樹脂を選別後に樹脂のまま溶融・再成形する手法で、不純物の影響でリサイクル前の品質に戻すことが困難。ケミカルリサイクルはPET樹脂を一度低分子化合物へと化学的に分解することで、原理的に元のPET製品と同じ品質で製造することが可能であるものの、分解処理のために高い温度が必要で、高コストなプロセスであることが大きな課題となっていた。

SDGsの観点から、繰り返し再生は重要な条件であり、そのためには品質の低下が起こらないケミカルリサイクルが有望。そのため、分解温度を低くするためのさまざまなアプローチが盛んに研究されている。

産総研触媒化学融合研究センターは、資源循環型社会の推進に貢献する目的から、さまざまな未利用資源を活用するための触媒技術開発を推進。今回、プラスチックごみを効率的にリサイクルするための触媒技術開発に着手した。PET樹脂の効率的なケミカルリサイクルとしてエステル交換反応に着目し、副生成物の捕捉により平衡反応をコントロールする独自のアイデアによって、反応温度の大幅な低温化を実現した。

従来のPET樹脂のケミカルリサイクルとしては高温、高圧条件下で水やメタノールを用いる方法や、過剰量のエチレングリコールを用いる方法が知られていたが、いずれも200度以上の高温条件が必要。アルカリ触媒とメタノールを用いる方法では、比較的低温での反応が可能であるものの、長い反応時間や環境負荷の大きいハロゲン溶媒が必要であるなどの課題が残されていた。

産総研は、PET樹脂の分解反応が、逆反応である重合反応を併発する平衡反応であることに着目。PET樹脂の分解反応により生成するテレフタル酸ジメチルとエチレングリコールは、同条件で再び反応し元のPET樹脂へと戻ることから、この逆反応の存在が分解反応の効率を低下させていると仮定した。一般的に、このような平衡反応は、大過剰の反応剤を用いるほか、副生成物を除去することによって、正反応をより進めることが可能。しかしながら、大過剰の反応剤の使用は処理コストの増大を招くという課題があった。副生成物であるエチレングリコールの除去には200度以上の高温が必要となり、反応温度を下げることは不可能。そこで、エチレングリコールを炭酸ジメチルで捕捉し、化学的に安定な炭酸エチレンへと変換することで、逆反応を抑制し、正反応を促進するアイデアに行き着いた。

市販の飲料用PETボトルをフレーク状にした試料にメタノール、炭酸ジメチル、アルカリ触媒であるリチウムメトキシドを適切な比率で混合することによって、室温3時間程度で90%以上のPETが分解されることが判明した。反応温度を50度に設定することで、フレーク状のPETはすべて分解。この反応で生成するテレフタル酸ジメチルは、反応後の単純な精製操作(ろ過、濃縮、水による洗浄)により、結晶として99%以上という高純度単離することが可能で、PETの原料として再利用できる。エチレングリコールが炭酸ジメチルで捕捉され、炭酸エチレンも高収率で得られることが判明。炭酸エチレンはリチウムイオン電池の電解液などとして利用できる高付加価値化成品であることから、今回の手法はPET由来エチレングリコールのアップサイクリング法としても期待できる。触媒であるリチウムメトキシドは、反応完結後は不溶物として沈殿することから、ろ過により生成物から容易に分離、回収することが可能となる。

今後は、今回のリサイクル法の社会実装を目指し、触媒の改良、反応のスケールアップ、さまざまなPET含有製品への適用可能性を検討。PET樹脂以外のさまざまなプラスチック材料をリサイクルするための触媒開発についても、検討を進めていく。